ROOTS OF GEMS 3 

 

宝石のメッカ山梨県甲府市で独立

42年前はオールハンドメイド全盛期で、キャストでの物作りは殆ど無かった時代です。

東京から超一流の技術者が来たとの振れ込みで仕事を受注し、

修業時代には扱ったことが無い高級品(ダイヤ・エメラルド・ルビー・サファイヤ・其の他)の作りが続きます。

 

1個が数十万から数百万円する物がほとんどで、夜も眠れないくらいのプレッシャーと緊張感の連続です。

夜中に飛び起きて作り直しや手直しをすることも度々でした。時代の流れとIT技術の進歩は早く

高級品もキャストで製作する流れになり、ハンドメイドでの仕事も段々と少なくなってきました。

 

ファッションジュエリーを無視することも出来なくなってしまい手掛ける事になって行くのですが、

そのクラスの競争相手は多く、工賃は安い。技術は持て余すばかり。そんな中にあっても

高級品の作り(こだわりの作り)を絶えることなく続けてきました。

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テニスブレスレット・テニスネックレスの草分け

平成元年頃に主要取引先から、「テニスネックレス・テニスブレスレットを作りたいのだけど

東京や埼玉、関西、九州等全国で作れそうな工場を探したが、何処も出来ないと言われて困っている。

ひょっとして佐々木さんだったら作れるのではないですか?」というご連絡を受けました。

見本を渡されたので、社に持ち帰って量産化に向けた作り方を開発しました。

結果として、フル生産をすることになり一世を風靡しました。

しかし、その後コピー商品が大量に出回ることになり、市場が荒らされてしまいました。

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パヴェセッティングジュエリーの草分け

その後パヴェジュエリーの開発を手掛けてその部門でも量産化を果たして

これも一世を風靡しましたが、テニスネックレスと同様にコピー商品の山となり、

パヴェジュエリー=石取れ・爪引っ掛かりの代名詞となる粗悪品が多く出回り、市場が荒らされてしまいました。

それから数十年経ちますが、当社は現在でも他社の追随を許さない

石落ちなし爪引っ掛かりなしのパヴェジュエリーを作り続けています。

今でも、スーパーブランドにも負けない当社の作りは支持され続け、開発依頼・製作依頼は途絶えることは有りません。

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